2016年7月17日日曜日

2016年(参院選)で日本国民は何を選んだのか?

 2016年7月10日行われた参院選は結果的には与党側の大勝に終わった。そして与党は憲法改正決議を超える議席数2/3を手に入れた・・・。

 この選挙結果は恐らくは日本の歴史におけるターニングポイントとなる、そしてきっと後世の人は「何故あのときに日本人はあえて極右的な政権を支持したのか?」と疑問に思うだろう。
 なにせ実際のところ選挙結果の世論の回答がそもそも矛盾している。安倍総理は選挙での勝利に満足し改憲に意欲をみせているが、当の選んだ国民の意識調査では改憲には慎重、むしろ反対の人の方が多い。それにアベノミクスを積極的に支持する声もあまりなく、むしろ政権に期待するのは社会福祉だという声すら見かける。(社会福祉など歯牙にもかけないのが安倍政権なのだが) どうしてこうまでも自分と意見が異なる政党を支持しのだろう?

 おそら後世の研究者はこの問題で頭を悩まし続けるだろう。なので私は選挙が終わって間もない今だからこそ少し書こうと思う。それは現在の人にではなく後世(十数年後)の誰かへ向けてへのメッセージである。瓶に手紙を詰めるように私はネット上にメッセージを託す事にする。


 この結果について色々と理由はあるのだろうが、私が達した1つの結論は次のものである。

「多くの国民は昨日と同じように明日も続けば良いと願い。昨日までと同じようにただ与党に投票した」

ただ、それだけの事なのだと思う。


 こう言われてもまだピンとこない人の為に解説すると、ようするに多くの国民はまだまだ現状に対する危機感もなく。色々と大変そうな事が起きているのは解るが、自分の身の回りで起きなければいい。騒がなければやり過ごせる・・・程度にしか考えていないという事だ。広がる格差や貧困、TPPなどによる経済変動、紛争やテロによる脅威などもあんまり頭には無かったのだろう。

 これは「ポピュリズム」という物ともも少し異なる気がする。「昨日までと同じように行動すれば、きっと今日とおなじような明日がくるだろう」というのはむしろ宗教に近い感情のように思える。

 そして、なぜそうなったのかと言えば、それはこの国がひたすら誰かに依存して生きる事に慣れすぎて、自分の頭で考える事が出来なくなったからである。例を挙げるならば・・・
・政治家(官僚も)ばアメリカに依存
・メディアばスポンサー(政権、企業)に依存
・司法や警察は政権に依存
・国民の多くは会社に依存

 こういった点で私は日本人をおそらく世界的にも愚かしい国民だと考えている。だがこのような弱さや愚かさはおそらく人類普遍のものであり、他国でも分析すれば少なからずはこのような例があるだろう。ゆえにこの問題を真に問おうとするならば、それは政治的な研究というよりは、むしろ人間とは何かという哲学的、文学的な研究が必要だと思う。

 実際に私が直接話をした身近な人は、この選挙の意味を説明するまではほとんど理解してなかった。安倍政権の危険先も解ってない人が大部分であった。そもそも政治と自分の生活がどうつながっているかを理解してない人が大半だった。

 「寄らば大樹のかげ」「長い物にはまかれろ」・・・

 今回の選挙の結果、それは「思考停止した社会(日本)が出した答えになってない結論」である。


<補足>
 いくら国民性の問題とはいえ、メディアがきちんと役割を果たすとかあればこんな結果にはならなかったはずである。参考にポイントをいくつか挙げておく。
・与党側がそもそも公約をまともに説明していない。(改憲の話とかは避け続けた)
・メディアは角が立つのを嫌って、政府が嫌がる質問やテーマを報道しなかった。
・多くの知識人やテレビ人もメディアに従った。
・野党(民進党)は選挙で負けたら潰されるという危機感が無かった。
(危機感あったのは共産党、山本太郎、小沢一郎ぐらいなかな)
・国民はこの選択が自分達にどのような影響を与えるのかを理解していなかった。


<参考>
「改憲勢力3分の2」に評価割れる 緊急世論調査「安倍政権で改憲」に反対48%

改憲勢力3分の2「よかった」19% 参院選道内世論調査