2015年9月29日火曜日

そもそも「SEALDS」は銀の弾丸ではない

 うまく説明できる自信はないが、ここしばらくTwitter上で感じていた違和感について話そうと思う。それは安保法案採決の17日過ぎぐらいからだが、TwitterでSEALDS批判や、逆にSEALDSこそ希望といった持ち上げ記事を多く見かけるようになった事だ。
 これらの記事は大半は別に悪意で言っているつもりはないものなのだろうが、少し方向性が本来とはずれている気がする。そこで今回はそれらの問題について、ブログに考えをまとめておく事にした。
 なおちょうど良いタイミングで「SEALDsの政治戦略に触れ、思わぬ「炎上」 為末大」という記事(分かり易い事例)もあったので、改めて基本的な事からこの点を整理したいと思う。


1.Twitterコメントの違和感
 まずは起点になった違和感について説明する。これは別に特定の個人に対する話ではないので、私の主観(多少の偏見込み)で強引にサマリーすると次のような意見が一定数あるのだが、私はずっと何か釈然としないものを感じていた。

<サマリ意見>
A)SEALDSによるデモ活動には意味が無かった。彼らの方針は間違っていた
B)SEALDSのみが希望であり、もっと行動範囲を広げるべき
C)SEALDSの戦略は効率的ではない、具体的に政党化を考えて活動すべきだ

 ちなみに私は安保反対派なので上記意見は基本的には、安保反対でSEALDSに対して好意的と思われる人の意見を乱暴にサマリーした結果である。あと付け加えるならばメディアか文化人スタンスか解らないが「SEALDSの幼稚な民主主義が・・」みたいな意見もたまに見かける。
 だがこうやってまとめると顕著なのだが、なんとなく違和感がないだろうか? 何か上から目線というか他人事というか・・・何か少し違う気がする。それについて考えてみた事を次項にまとめてみた。


2.そもそも「SEALDS」は銀の弾丸じゃないんだよという話
 ソフトウェアエンジニアリングの世界では昔から良いことわざがある。それは「銀の弾丸はない」とう言葉だ。(ソフトウェア工学の名著「人月の神話」が有名)
 この言葉の意味は、狼男を一発で倒せる銀の弾丸というような都合の良いものなど、そもそもこの世にないという例えであり。ソフトウェア開発者が目新しいツールや手法に飛びついて失敗を繰り返すのを諫めたものである。

 私はこの言葉が好きで、あらゆる分野で多く見かける普遍的なテーマだと思う。小手先の小細工をいくら組合したところで本質的な問題解決はできないし、時間をかけてじっくりと対処しないといけない問題も多くある。だが、人は安易に安っぽいマルチ商法まがいの提案に乗りがちである。

 だからこそ、まず言いたいのが「SEALDSは銀の弾丸ではない」という事だ。

 「SEALDSは銀の弾丸ではない」これは当たり前の事である。そもそも日本のどうしようもない問題だらけの社会を、一撃で解決できるような手法やマジックなど存在するはずはない。あるという奴がいたらまずインチキだと思って間違いない。

 それにSEALDSの本来の目的は、自発的に考えようそして意見を述べようという運動だと私は解釈している。今回は安保法案という大きなテーマがあったから反安保みたいな取り上げ方をされているが、本来は特定政策や特定政党に反対するための組織ではない。

 彼らを持ち上げる人たちは気付かないうちに、彼らが魔法の手段を使って解決してくれるような都合の良い夢を押し付けている。だからなのだろうが、安保法案を阻止できなかった責任をどうとるのだと言った勝手な意見もたまにみかける。

 そして彼らの行動が甘いとか政党化をすべきだという人達は、SEALDSに勝手な願望を押し付けている。彼らは都合よく扱うための政治勢力ではない。彼らは当たり前の事(権利や意見)を主張しようとしている普通の人達である。私はそれが正しいし、それで良いと思う。


3.ではこれからの日本をどうすれば良いのかという話
 まず私がSEALDSをどう思っているかと言うと、これは日本の近代史に残るべきトピックだと考えている。本当の意味での、リベラルな思考や感性をもった人(それも比較的に普通の人)が一定数現れて話をするようになったのは喜ばしい事だと思う。その存在や理念そのもに意義があると思う。

 しかしSEALDSが今後の安保を阻止できるかというのは別の話であって、それはあくまでも各日本人が明確に意思を持って選ばなければいけない事である。前段でも述べたように、SEALDSは都合の良い救いの神ではないし、また反政府組織でもない。これは SEALDSの責任ではなく、あくまでも各国民の責任である。

 だが正直言うと私はこのままでは来年の選挙でまた与党(自公)に勝てないのではと考えている。それはとても悲惨な事である(さんざん過去のブログに書いたけど)、だがそう考えた上でも、私はSEALDSが本来の姿や理念で活動してくれる事を望む。彼らに安易な選択をして欲しくはない。

 私が悲観的な予測をするのは、3.11以降で顕著に色んな問題が噴出しても、多くの国民はまだ危機感を十分に感じていないと感じるからだ。もしも危機感があったならば、自公の支持者が口々に政党事務所へ押しかけて、いくら与党でも簡単には採決できなかっただろう。だが与党支持者は多少気に食わなくても、いま起きている問題は従来の延長程度にしか考えてはいなかった証明だろう。

 しかしだからと言って、この重要な局面を決めるのはあくまでも各国民である。その点だけは永久に変わりはしない。


<余談1>
 SEALDSに対する私の意見や希望を述べるならば、今回記事に書いたように安易な世論に流されずに基本に忠実にやって欲しいという事である。自分の頭で物を考えて発言するという事は基本でありながら、最もこの国でできてない事であり、そこをクリアできないと次のステージに進む事は永久にできないだろう。
 目先の小手先な手段(例えば特定政党への安易な肩入れなど)を取るならば、おそらくは全て失敗に終わるだろう。

<余談2>
 為末さんについて言えば、ここまで述べたように、私はSEALDSには目先の戦略よりも本来の理念に従った行動をとって欲しいと思う。
 それができていないから現状のようになっているわけであり、仮に来年与党落とせば丸く収まるような簡単な話でもない。政治はここから10~20年ぐらいかけるつもりで見直すべき長期的な問題である。ゆえに近視眼的な戦略を取ることはあまり意味がないと思う。

<余談3>
 例え今は無理だとしても、本当に日本の政治的な問題を解決するならば、小手先ではない大きな政治理念(テーマ、コンセプト)をもって、全政党を分解してガラガラポンするぐらいの事をしないとおそらくダメなのだろう。それができるようになるには、もっと国民そのものの意識や知識もレベルアップしないといけないだろうが・・・どう考えても現在の状態では詰んでいるようにしか見えない。もっと時間が必要なのかな・・・。


<参考リンク>
SEALDsの政治戦略に触れ、思わぬ「炎上」 為末大、「正論なのに...」と擁護の声も