2015年1月24日土曜日

イスラム国との戦争<日本の戦争行為を支持するべきか> ~人質殺害予告について~

 2015/01/20にイスラム国が発表した日本人の人質殺害予告は、発生後にネット上では色々な憶測や議論をまき起こしている。政府批判、宗教問題、なかにはクソコラ祭りや自己責任論まで色々なものがあった。ただし、以外に重要な議論が抜け落ちているような気がするので、私的見解ながら重要なポイントについてまとめてみる事にした。

1)イスラム国による殺害予告が持つ意味
 まずここからブレている記事や議論を多く見かけるのであえて述べる。そもそも、この殺害予告が示すものはすなわち「日本国に対する宣戦布告」である。この点をぼかしてしまうと後の議論がすべてぶれてしまう。

 彼らは安倍総理が中東訪問した際に宣言した「イスラム国に敵対する各国」に対しての資金提供を、対イスラム国戦争に対する参加であると解釈し、日本に対して宣戦布告を行っている。そして重要なポイントなのは、
彼らはいきなり人質を殺さずに72時間の猶予を与えたという事で、これは日本国が本気でイスラム国と戦争するかの決断を迫る為の猶予時間という意味である。

補足)この猶予時間が発生したあたり、なんだかんだ言いながら「平和憲法の元で海外派兵をしない」という今まで日本が培ってきた平和ブランドの効果みたいな気がする。忘れがちだけど地味にこういった平和ブランドの力は金銭では買えないような価値があると私は思っている。

 ちなみに安倍総理は国内では、資金援助は被災者の人道支援と言っているが、海外でした説明では「対イスラム国戦争をしている国家」に対する無条件な資金援助となっているので、普通に考えると戦争支援と考えられてもおかしくはない。
 なにせ私はこの事件が起こる前日「シャルリー・エブド事件」という「踏み絵」に対する反論」というブログを書いていた際に安倍総理の資金援助に関するニュースを知って驚いたからだ。この微妙な空気の時期に、わざわざ中東へ行って行ったまるで鉄砲玉みたいな強硬な発言は、内心「え~っ、そんな事を今言って大丈夫なの?」と考えた。こんな風に殺害予告が起こる前でも、かなり過激な挑発に見えるプレゼンスをしていたので、宣戦布告ととられても無理はない。


2)日本国としての意思表示
 じつはこの「イスラム国からの宣戦布告」に対して、私は明確に日本国の回答と思えるものを見たことがない。本来ならば、以下のいずれかの態度を日本は示すべきである。

 A)宣戦布告を受け入れる  ⇒イスラム国と戦争する
  鉄砲玉としてさんざん挑発したとおりに、イスラム国との戦争を決意する。
  
 B)宣戦布告を受け入れない ⇒イスラム国と対話する
  もしも安倍総理が国内向けに言うように、もともとが人道支援であるならばB)を選択するべき。
 
 だが日本政府はこのいずれの態度も明確にはしていない。その選択の良し悪しは別として、少なくともこんな大問題なので国内で議論するなどはするべきだと思うが、誰もが面倒な事を避けるつもりなのかだんまりしているように見える。


3)現在の状況が示す意味
 上記1)~2)を踏まえて私が指摘したいのは次の点である。

 安倍総理は国内世論の同意や国会での承認もなしに、勝手に中東外交でイスラム国を挑発し、さらには戦争突入という危機を招いたという事実である。これは安倍総理が自ら海外向けには資金援助やテロに屈しないと言いながら、国内で人道援助という二枚舌を使っていることからも明らかなことで、この問題は総理の独断専行及び外交の失敗である。そして、その結果として現在は多くの人が考えても無かったイスラム国との戦争に放り込まれようとしている。


4)日本はどう選択すべきか?
 私の意見は日本はイスラム国との戦争をするべきではなく、戦争を回避するべきであると考えている。戦争などという重要事項は、たんに先進各国の顔色や機嫌取りで行うべきようなものでは断じてない。そもそも日本国内ではイスラム問題やイスラム国のことをほとんど知らないのに、従来までの平和外交路線を捻じ曲げてまで、意味のよく解ってない戦争に参加するなどは馬鹿げている。

 それにこの戦いはおそらく決着などつかずに、世界全体にテロを拡散するだけに終わる可能性が高い。すでにその兆候が現れつつあるが「西洋 VS イスラム民衆(世界各地の数億人)」との構図が生まれつつある。こんな戦争に終わりなどあるわけがない。

 そして私は日本がイスラム国と戦わない意思表示をすれば、必然的に人質二人を救う道ができると思う。これは中田考氏が提案するように、人道支援であればトルコ経由で非軍事予算として支援を行う、あるいは資金提供そのものを凍結または白紙に戻すなどいくらでも方策はある。



<いったい安倍内閣は何をしているのか?>
 上記に書いたのは私が考えうるポイントのまとめである。では安倍内閣はいったい何を考えて何をしようとしているのかという疑問が生じる。その点について推測で補足しておく。

 残念なことに私は安倍内閣は確信犯で、このような事態になる事を予想したうえであえて中東外交で仕掛けたのだと考えている。そもそも安倍内閣は要約すると「自民党(特に安倍内閣)が与党である事だけを目的とし、その為ならば何でもやる」という理念で動いている内閣だからだ。

 ゆえに、与党であり続けるためならば、人権無視もするし言論弾圧もするし、将来に経済破たんしても良いし、国内でテロが起ころうが気にはしない。その為に既得権益者(現時点での旧体制派)や官僚には大盤振る舞いをし、また主要メディアを飴とムチで懐柔している。

 正直私も安倍内閣が実現するまでは、こんなふうに日本を切り売りするような方法で与党に居座り続けるようなやり方があるとは考えた事がなかった。しかしこのダーティな方法は今のところは成功しているようである。ただし経済だけはいくら市場介入したところで限界があってもうかなりボロが出てきている。だが最終手段としてまだ次の手が残っている。

 残る切り札は「戦争をする」事だ。これは突飛なように思えるが、同様の事が911後のアメリカで起きている。対テロ戦争のおかげて、人気の無いブッシュが二期も大統領でいることができた。だがその時代の付けは大きく、世界にテロを拡散し、経済をかき回し、アメリカでの人権や報道の自由なども多いに毀損した。今となれば笑い話だろうが、当時のアメリカでは政権に対して都合の悪い事件が起きる度に「テロ警報」が発令されてウヤムヤになったという話を私も過去に聞いた事がある。

 私が見たところ、安倍内閣はブッシュと同じことをしようとしているようだ。イスラム国との戦争になれば、これは自衛隊を海外に派兵する口実になる。いくら温厚な国民でも国内でテロが起きれば海外へ派兵するのを拒否するのは難しい。そのうえで戦争となれば戒厳令扱いで、まさに秘密保持法などの出番となるので、内閣に批判的な勢力をいくらでも押さえつける事が出来るし、勢いで憲法改正もできるかもしれない。仮に経済破綻しても、戒厳令的な強権(例えば預金封鎖とか)で強引に整理できるかもしれない。
(要はやりたい放題好きにできるという事だ。どこかのアジアの国みたいにね)

 ゆえに安倍内閣は戦争が願いであり、人質解放には極めて消極的である。はっきり言ってサボタージュと言っても間違いではなく、どうも「解放に向けて努力する」ポーズすら取る気が無いように見える。


<メディアの動き?>
 どうも主要メディは政権と揉めるのを避ける為に、あんまり角が立つ話を避けているようだ。ゆえに戦争する/しないといった本質の話をさけて、画像が合成だのなんなのとか、つかまっている人がなんだのとか、母親の話がどうなのと言った細かい部分をつまみ食いしてエンターテイメントにしてしまっているらしい。
(らしいというのはあまりテレビを見てなくて又聞きだからだ。恐らく見ると不快になるので、今回はあえて見てない)

 なので世間でも緊張感が無い。本来は直ちに号外が出ても良い事件だし、内閣が内輪でごにょごにょして良い話でもない。だが野党の方もメディア同様にエンターテイメント方面に食いついて行動しているように見える。
(どうして彼らは安倍総理の外交失敗をもっと突き上げないのだろう?)

 そういう意味では主要メディアとクソコラ祭りはあんまりレベルは変わらないのかもしれない。上品か下品かを除けば、共にどちらもエンターテイメントに重きを置いている点には変わりない。

 ちなみに今回ネットを見てて興味を持ったのは自己責任論が色んなところで話題になった点である。ツイッターなどを見て改めて色々と考えされられた。ただ日本人の多くが言ってる自己責任論って明らかに異様ではあるが、まだうまく説明できそうにないのでこれは改めて別テーマとして考えたいと思う。
(確かにクソコラや自己責任だと騒ぐ人たちより、むしろテロリストの方が良い人に見えるなんて言うのは異様である)

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