2012年9月17日月曜日

日中韓の奇妙な争い

 いうまでもないが、この数ヶ月で日本は韓国(竹島問題)、中国(尖閣諸島)という2つの領土問題が火を噴いて、ともに大問題となっている。韓国では反日デモが広まり、中国では反日デモが暴徒化して日系企業が破壊される騒ぎになっている。領土問題は今に始まった話ではないが、それでも以前はここまで拗れる事はなかったはずの問題が今では紛争や戦争への拡大を懸念されるような事態になりつつある。
 この原因や経緯は、色々なメディアやブログでとりただされているので、私はそれをここで繰り返そうとは思わない。私が書きたいのは、大手メディアで述べるような通り一遍の記事ではなく、むしろネットも含めたメディア全体を通して感じる違和感についてだ。その違和感とは「はたしてこの争いは誰が願ったものなのか?」というものだ。

●韓国>竹島の争いとは何か?
 竹島の問題、まずはこれが奇妙であり、私は問題当初からどうしても違和感を感じずにはえなかった。李明博大統領の過激な行動、そしてタイミングについては当初からどう見ても合理的な意図が読み取れない。もうオカシイ事だらけだ、ぱっと思いつく物を並べると次のようになる。
  1. 何故オリンピック期間中に問題を取り上げたのか?
  2. そもそも竹島は韓国が実行支配しているので問題を大きくする必要はないのだが?
  3. 大統領自らが竹島に上陸という、後に引けない最終カードをなぜたやすく切ったのか?
  4. 天皇というタブーを取り上げてまで、日本をナショナリズムに煽る意図はなにか?
 私がまず最初に感じた違和感は、何故オリンピック中に事を荒立てたのか? という疑問だ。確かに野田政権が韓国側の問題に対して無視を決め込んだかして対応しなかったのが、腹が立ったとしても、わざわざ世界中に領土問題を広げてアピールする意図がわからない。それに、そもそも一ヶ月かそこらを後回しにしようが関係ない問題を、まるで説破詰まって一刻も延ばせないかのように拙速に騒ぎ立てた理由が解らない。

 これらの韓国の意図を、文字通り素直に受け止めるならば、これはまさに「宣戦布告」と受け取っても良いような事態し、対応を韓国政府はしている。しかしどう考えても、現時点で韓国が日本に紛争もしくは戦争をしかけるメリットが存在しない。また行う意味もない。
 そもそも韓国も日本もアメリカの同盟国なので、米国がそれを許可しないというのがある。米国の立場としては、紛争程度はどうぞご自由にと言っても本格的な戦争については立場にもこまるので、どうあっても許可をする事はあり得ないと思われる。

 私がどうしても良くわからないのはこれらの状況で、どうしても合理的な説明をつけられないことだ。韓国政府には日本をいますぐ責める緊急の要件は存在せず、また米国が裏で糸を引いてというのも、現状からすると考えにくい。深読みすれば、日本を右翼化して兵器を売りつける、もしくは米軍基地を強化させるという米軍の意図があったとしても、ここまで問題をこじらせる必要はないし、却って面倒ごとを増やしているようにしか思えない。
 それに韓国政府としても、日本を煽って右翼化〜核武装をさせたいとは思わないはずだ。どう考えても不可解な状況で、あるいは北朝鮮と韓国が組むというシナリオも考えてはみたが、どうしても現時点ではそれもありえない気がする。もしも韓国が西側から抜けて北朝鮮や中国と組む事にしたとしても、いま行動を起こす理由はなく、2014年に米軍が撤退してからの方がよりスムースな事は確かだからだ。


●中国>尖閣諸島の争いとは何か?
 個人的には竹島より、中国の対応の方が比較的理解しやすい。尖閣諸島は実行支配は日本がしており、中国はメンツとして領有権を主張し続けている。そしてかこに日本と中国はこの問題を棚上げする事で日中友好化条約を結んだという経緯もある。その経緯を踏まえれば、ルール違反をしたのはむしろ日本の方であり、中国はメンツを維持する為になんらかの威嚇行動をする必要があった。

 この問題が拗れたのはあっとう的に石原東京都知事と日本政府の責任が多いのだが、それはちょっとおいといて、それでもやはり私にはショックだったこと、そして腑に落ちない部分がある。それは今回の反日デモで暴徒が日系企業を破壊したり、暴力行為を行うのを、中国政府が止めなかった(あるいは止められなかったのか?)という事だ。デモが起こるのと工場が破壊されたり、邦人が教われるのは問題のレベルが違う。ここまでやられては、普通ならば国交断絶、もしくは紛争および戦争しかないというところまで、突っ走った事だ。

 中国政府的には、反日デモなどでプレッシャーをかけつつ日本に譲歩をさせるのが普通の作戦だと思うのだが、現状を見ると勢い余って最終カードを切ってしまったように見える。反日デモで暴徒が日系企業を破壊し、日系企業が中国から全部引き上げるような事態になれば中国としても相当な痛手を伴うはずなのだが、なぜここまでやったのかという事だ。だから、正直いってこの事態は本当に中国政府が意図した結果なのかという疑問が生じる。


●愛国心ってなんなんだ?
 上記に書いたように、私はこの二つの争いについて考えるにつれ、どうしても意図が掴めない。いったい誰が書いたシナリオなのか? そもそもこの争いでいったい誰が本当に利益を得るのか? この落としどころをどこにしたいのかが、まったく理解できない。ただひたすらに、領土問題という愛国心(ナショナリズム)が独り歩きして問題を広げていっているようにしか見えない。

 しかし愛国心だといったところで、いくら愛国教育をしたところで、この枯れた領土問題でこれだけ中国、韓国の国民が騒いでいるとは正直思えないというのが本音で、政府やメディアが煽っている架空の戦争ではないのかという気がする。

 ぶっちゃけたところ、私は中国で本当に愛国心から反日デモを行っているというのは正直信じられない。なぜかというと、中国のニュースでトラックが事故で横転すると、周りの人が運転手をたすけずに、荷台の荷物を全員で盗んでいったというような記事を度々目にするからだ。同胞の窮地すら助けないような民意で、愛国心などというものが発生するとは正直考えられない。しかも自分が行った事もないような島でだ。

 領土問題ということで、メディアはさかんに煽り立てるが、そもそも本当に日本・中国・韓国で自分が銃を取ってでもこの問題を解決したいと考える人間がそもそもいるというのが、正直私には理解できないし、虚構ではないのかと感じる。

 これは私が日本という長い平和ボケした国に住んでいるせいなのかもしれないが、やっぱりこれらの争いは全て人々を通り越してメディアの上で煽られている架空の争いではないかという気がしてならない。奇妙な現実感の無さがつきまとう。

 政府と無責任なメディアが煽って、こじれた架空の争い。だがその火種は、このままでは現実にも飛び火して戦争をも起こしかねない。しかもおかしな事に、これを取り上げる参加国の政府ともに、内政がうまく行ってなくて問題を抱えている。自国に問題を抱えた者同士が、言い訳やら屁理屈だのをごねて、話をややこしくして後に引けなくなっただけじゃないのか? なんだか解らない、この火遊びはいったいいつまで続くのか? だれかこの争いの説明できる人がいれば、教えて欲しい。


参考リンク:
・横転したトラックから積み荷を強奪、制止を聞かない傍若無人な住民―甘粛省蘭州市

2012年9月8日土曜日

スキルには二つの種類がある

 システム屋(ソフトウェア開発)の仕事を始めてからもう20年近くになる。そのなかで度々、プログラミングの新人教育をしたり見てき結果、ソフトウェア開発に重要なのは、コンピュータや言語の知識ではなく、本人の教養(地力)ではないのかとだんだん思うようになった。

 そう思ったきっかけは、身近な経験からして結局のところ優秀なプログラマーや設計者というのが根本的に少なく、また他のエンジニアを見てても、そもそもスキルというものを誤解しているのではないかという気がしてきたからだ。

 例えば私は比較的に勉強嫌いなエンジニアなので、ここ数年は業務やシステム知識の勉強は会社以外でする事はない。(やった方がいいのだろうけどね、元々面倒くさがりなもので・・・) そして私とは逆に熱心に勉強会を開いて勉強しているエンジニアや会社などがある。
 しかし一緒に仕事をしていてよくあるのが「なんどその知識を活かせないの?」「ここまで解っていたら、この問題解けるだろうに?」というケースだ。おかげで、結局のところ不勉強な私がネットとかで技術や知識を探し出して、問題解決方法を作る事が多々ある。
 これは仕事を教えてきた後輩だけではなく、他社の関わったエンジニアなども含めてもよくある事だ。

 そういった事を経験してから、だんだんと重要なのは技術知識ではなく各自の地力(教養)だと考えるようになった。そしてこれはソフトウェア開発だけの問題でもないと思うようになった。

 では、何故そのような事が起こるのだろうか?

 過去に内田樹が「トレビアとは1問=1解答に答えること、教養とは1問=複数解答を見つける能力」と書いていたのを読んでなるほどと思った事がある。これが、まさにこの差を生んでいるである。私が例にあげた勉強はしているが問題解決能力のないエンジニアというのは、トレビアは沢山持っている。だが応用力や分析力、洞察力などといった力があまりないので、結局は知識をうまく活用できず、問題解決力が低いのだ。

 これはとても残念な事だ。問題はソフトだけではなく、いまの日本社会全体の教育の問題ともいえるのかもしれない。私が実際に仕事をした経験からすると、本当に使えるエンジニアというのは本当に少ない。例えばプログラマーで本当に仕事をお願いしたいと思う優秀な人材は約20人に一人ぐらいだ、そしてまあまなのが10人に3人ぐらい、最悪なのが10人に二人ぐらい。これが現実で、おそらくは他の業界でも似たようなものなのだと思う。この比率はプログラマーでなく設計者で見てもおそらくは同様だろう。

 ライバルのレベルが低いから、私は勉強をあまりしなくても仕事が無くならないのかもしれない。そういった見方もできるだろう、だがおかげで日本のソフトウェアはレベル低く、デスマーチが横行し、そこで仕事をしていると低次元な作業に足を取られて本当に高度な要求を満たすような設計やプログラミングをする機会を奪われているとも言える。
 だから、私は長い間ずっとソフトウェア業界のレベルがもっと上がって欲しいなと思ってきた。しかし現実はあまり進歩していると感じられない。


では地力(教養)とは、なんなのだろうかという事について考えてみる。彼らには何が欠けているのだろうか? 思いつく部分をピックアップすると次のような点が見えてくる。
  1. 問題そのものを分析できない。(問題の本質を掴めてない)
  2. 分析した情報をドキュメントなどに体系化したりして整理する能力がない。
  3. 分析した情報を全部バラして再構築する事ができない。(上記が出来てないので当然)
  4. 関連する知識を、他に応用する事ができない。(そもそも応用するという発想がない)
  5. 頭が固くて、いまのやり方以外の方法があるとは考えない
  6. 言われた事をやる事以外に発想が思い至っていない

 こうしてまとめると、これはソフトウェア業界だけの問題ではないことが良くわかるだろう。ようは過去にあった事をなぞる事はできるが、応用して新たな道をつくる力が圧倒的に弱いという事だ。

 ちなみにスキルというのも大きくは2種類ある。
  1. 過去に体験した事をそのまま再現する為のスキル
  2. 新たな事柄に対して、新たな方法や手順を行う為のスキル

 これは業界にもよるのだろうが、定型的な仕事を繰り返す(例:事務職)ならば、圧倒的に上記1のスキルを使うのだろう。だがソフトウェア開発などの開発業務は圧倒的に2のケースに相当するので、想像力にまつわるスキルが必要だ。しかも最近の社会は世の移り変わりが激しいので、過去に比べて2のスキルを使う割合が本来は増えてきたはずだ。(現実ではあんまり使っているの見た事無いけど・・・本来は)

 そして前もって述べるが、こういった事を書くと、だいたい誰かが「これは教育のせいだ」などと言い出すものである。

 なるほど、確かに教育はもう一つなのかもしれない。しかしこういった地力というものは、もともと教育して身に付くようなものではない。むしろ定型化された教育以外での幅広い視点や思考方法を学ぶことによるものだ。むしろ次のような趣味を持っている方が地力があがるのではないかと思う。

  • 将棋などの戦略ゲームの趣味を持つ
  • 読書(なるだけ幅広いジャンル)を持つ
  • 歴史を学ぶ
  • 心理学的な知見を持つ、手品を研究するとかもいい
  • 自然科学などを知るとか、自然を観察して洞察するとか
  • 音楽や画のような創造的な趣味を持つ
  • 武術などのような長期的な鍛錬経験を積む
 あえて補足すると、短期的な趣味より、長期的な趣味で1つを極めつつも周りに目を配るというのが理想だと思う。これは一見デタラメに見えるかもしれないが、過去に私は手品のトリックに興味を持って調べた時期があって、その際に「この発想はすばらしい、是非ともプログラマーにこの本を読ませたい」と考えた事もあった。だから、本当に発想そのものを学ぶというのは重要で、意味があると思う。

 ちなみに私自身事を少しだけバラすと、私は元々プログラマーになる前は、小説家や漫画家等のクリエイターになりたくて、過去は宗教、オカルト、科学からなんでも片っ端から興味を持って調べていた時代があったし、ここ数年は楽器の練習も再び始めたりもしている。無駄に思える色んな趣味や知識が結果として、仕事でも役立っているように思う。つまりのところ「同じ物を見たとしても、そこから何を思いつくか」が地力という物の本質なのだと思う。